この世の万象はすべてメタファーだ、と彼は書いてきた物語のあちこちで言う。だから私は読めば読むほど二重の視線で物語を読んでいることに気がつく。
私と、私を見ているわたしだ。
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』にハッとした人間は一体どのくらい居るんだろう?と私は静かに考えてみる。今は夜なのだ。
そのうちのほとんどは、肩に乗せられた手に気づかなかっただろうな、と思った。それから短くはない歳月が流れた。またかつて振り返ったひとはその顔をすっかり忘れていて、首をひねってまた前を向いた。あの、という私の声が流れてしまった。眠くなってきたから欠伸をした。それでよかった。歩いてゆくひとの気配が遠のく。
私が置いた背表紙を見てムラカミハルキ、と彼女は呟く。
「わたしもよく読んだよ、若いころ。なんにも覚えてないんだけどね」
あなたは言う。
間違った部屋のドアを開けてしまった人が、へたな言い訳をするみたいに。
YONA Megumi